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〒420−0029 静岡市葵区研屋町45番地
TEL. 054−252−1337

各種のご案内             


1.葬儀のご案内
2.法要のご案内
3.墓地のご案内
4.茶室のご案内
5.お寺ピアノのご案内
6.クラシック・ピアノのご案内
7.本堂等に飾られた絵画のご案内


1.葬儀のご案内

檀信徒のご家庭で、もしもご不幸がおありの場合、午前8時頃から午後9時頃の時間帯であれば、
できるだけ、葬儀社等へご連絡される前に、まずはお寺へご一報ください。

ご一報をいただき、お寺の都合がつき次第、故人とのお別れの読経(枕経)にうかがいます。
また、その際に、葬儀の実施方針などについてのご相談をいたします。

多くの方が、「葬儀のことは、よくわからない」と語られます。
しかし、大多数の方にとって、自らが中心になって葬儀を執り行った経験はほとんどありません。
ですから、「わからない」のは当然です。わからないことは、ご遠慮なくお寺までお尋ねください。

  静岡市の周辺では、葬儀の前日の午後6時頃から通夜の読経を行います。
  葬儀の当日には、先に火葬を行った後に、遺骨をお祀りして葬儀を行うことが一般的です。

  その場合、出棺の1時間ほど前に出棺前の読経を行います。
  その後、棺への花入れなどを行った後、火葬場での点火予定時刻の30分から45分前に出棺します。
  火葬場では、点火前の読経と最後のお別れののち、点火となります。
  点火ののち、約1時間半で収骨となり、収骨が終了後、火葬場から葬儀会場へ移動します。

  葬儀には、できるだけお寺の本堂をご利用ください。
  (本堂を使用したとしても、会場費などはまったく必要ありません。)
  葬儀のあと、引き続き、繰り上げての初七日法要を執り行います。
  また、その後、ご遺族のご希望によっては墓地にてのご納骨を行います。

※上記は顕光院にて葬儀を執り行う場合のご案内です。
 他のご寺院の檀信徒の方々は、それぞれの菩提寺さまにご相談ください。

〈 曹洞宗における葬儀の意味について〉

 古来、仏教では、人は死んですべてが終わってしまうわけではなく、また再び、この世に生まれ変わると
 語り伝えてきました。ですから、故人はのんびりと「永眠」するわけではありません。たとえて言えば、
 会社で定年になった人が、「二度と社会の表舞台に出てくるな」と言われたら、どのように思われるでし
 ょうか。むしろ、「しばらくの間は、のんびりと休みたい。でも、そのあとは、再び、活躍の場を見つけ
 たい」と考えられるのではないでしょうか。それと同じことを、仏教は説いているのです。

 ただ、どうせ新しい世界に生まれ変わるのであれば、その世界が少しでも苦しみが少なく、幸せが多い世
 界であって欲しいと思います。そのための手がかりとして、お釈迦さまの教えを受け継いでいただこうと
 いうのが、曹洞宗における葬儀に込められた願いです。ですから、葬儀とは、お釈迦さまの教えを受け継
 ぐ儀式、言い換えれば、お釈迦さまの弟子になる儀式と位置づけられています。

 お釈迦さまの弟子になる証しとしておつけするのが、いわゆる「戒名」です。ですから、葬儀を行うにあ
 たり、「戒名」は必ずおつけいたします。顕光院では「戒名料」を別途頂戴することはありません。

〈直葬・家族葬に対する考え方〉

 近年、マスコミなどにおいて、火葬場で読経のみを行う「直葬(じきそう)」なるものが紹介されていま
 す。しかし、上述のとおり、葬儀とはお釈迦さまの弟子になる儀式と位置付けられていますから、これは
 「葬儀」とはまったく異なるものだとご理解ください。したがって、顕光院においては、いかなる事情が
 あろうとも、このような「直葬」を行うことはいたしません。

 また、お身内のご不幸を、親族以外の方にお知らせすることなく、家族だけで執り行う「家族葬」も増え
 ています。しかし、故人のご逝去を悔やみ、最後のお別れをしたいと願われている方々が、もしかしたら
 親族以外にもいらっしゃるかもしれません。仮に、家族葬が行われた場合、そうした方々が、故人に対し
 て最後のお別れをする機会を奪ってしまうことになりかねません。

 もちろん、それぞれのご家庭のご事情がおありとは存じますが、できるだけ、親族以外の方々の参列を制
 限するような家族葬の実施はお控えいただいたほうがよいというのが、顕光院の考え方です。

  ※ただし、現在は新型ウイルスの感染防止のため、やむを得ず「家族葬」とせざるを得ない事例も多々
   ございます。その点はお含みおきください。


2.法要のご案内

葬儀が終わりますと、そのあとは各種の法要が執り行われることになります。

伝統的には、亡くなられた日を1日目として、そこから7日目が初七日、14日目が二七日、以後、三七日、
四七日、五七日(35日)、六七日と続き、七七日(49日)を迎えます。

これは、「葬儀のご案内」で記したように、仏教では伝統的に、亡くなられた方は再びこの世に生まれ変わ
ると語り継がれてきたのですが、生まれ変わりまでの猶予期間が七七日(四十九日)あると考えられたこと
に由来します。

とは言え、故人はこの期間をのんびりと過ごしているわけにはいきません。と言うのも、7日ごとに、生前
の行いの善し悪しが別々の裁判官によって裁かれて、生まれ変わるべき場所が決定されることになるからで
す。(ちなみに、閻魔さまは五七日の裁きをつかさどります。)

遺族は、この裁きにあわせて、故人がいかに素晴らしい生涯を送ったのかをアピールするために、七日ごと
の法要を行います。というのも、もしも故人がとんでもない人物であったならば、その者の死後に、誰もそ
の者のための法要などを行ってはくれないでしょうから。

ただし、現在、静岡市の周辺では、初七日法要は葬儀に引き続いて繰り上げた形で行っています。また、二
七日以降の法要は、それぞれのご家庭で、ご自宅の祭壇、もしくは墓地にてお参りをしていただく形に簡略
化しています。そして、35日から49日の間の都合のよい日に、七七日(49日)法要を行うことが一般的で
す。

その後、伝統的には百日忌がありますが、これもご家庭でのお参りという形に簡略化されています。

七七日の法要の次にお寺で行う法要は、逝去の翌年の一周忌となります。この法要だけは、満年数での計算
になりますが、それ以後の法要は数えの年数で行います。ですから、一周忌の翌年が三回忌となり、その次
は七回忌。以後、十三回忌、十七回忌というように、三と七の年が年忌年となります。

最後の年忌は一般には三十三回忌、もしくは五十回忌とされています。これは、故人のことを直接知ってい
る人がいなくなった段階で、個別の法要は終了し、その後は「ご先祖さま」として、まとめてお祀りすると
いう考え方に由来します。ただし、実際にどの段階で最後の年忌とするかということは、それぞれのご家庭
の事情によるといったほうがよいかもしれません。

 ※ちなみに、法要の際には普段会うことのできない親類縁者が集まるための絶好の機会です。故人のおか
  げで懐かしい人々が顔を合わせる機会をいただけるのですから、「できるだけ少人数で」などと言わず
  に、できるだけ多くの方々でご法要にご参列ください。

3.墓地のご案内

顕光院の境内の墓地への納骨は、原則として、顕光院にて葬儀を執り行った方のみを対象にしています。こ
れは、顕光院の住職を介して故人をお釈迦さまの弟子にする儀式を行ったという意味で、故人と顕光院との
ご縁が結ばれたことにもとづきます。ですから、他のご寺院で葬儀を執り行われた場合、原則として、顕光
院の境内墓地への納骨はお断りいたします。檀信徒各位はこの点を十分にご留意ください。

また、現在の檀信徒以外の方で、いずれ顕光院の境内墓地への納骨を希望される方は、あらかじめ顕光院ま
でご相談ください。ちなみに、現在、顕光院の境内墓地の区画には余裕がございます。ただし、顕光院にて
墓地区画の使用権をお求めになられた場合には、以後、顕光院檀信徒としての規範を遵守していただきます
ことを、あらかじめご承知おきください。

後継者のいらっしゃらないご夫婦、または独身の方で、墓地の承継に問題を抱えている方は、お寺までご相
談ください。また、納骨すべき墓地がない場合には、お寺の合同墓への納骨も可能ですし、ご希望によって
は、期限付きの個別墓地区画の使用も可能です。ご遠慮なくご相談ください。


4.茶室のご案内

顕光院には、茶室として利用できる部屋が3つあります。

 ・茶室「修證庵」
   玄関、取次、縁側、広間、水屋と、躙口を備えた4畳半の小間をもつ本格的な茶室です
 ・和室(15畳 顕光院会館の中にあります)
   部屋の中に炉が切ってあり、茶室「修證庵」のある庭園に面しています。
 ・会議室(40畳分の瓦敷の土間。顕光院会館の中にあります)
   水屋が付属しており、立礼席に利用できます。

これらの茶室では平成7年5月5日、顕光院会館の落成に合わせて茶室開きが行われました。
当日は、表千家、裏千家、静風流(煎茶)の三席が同時に設けられました。

  表千家:席主・河合宗香先生(茶室「修證庵」にて)
  裏千家:席主・粟野宗寿先生(顕光院会館和室にて)
  静風流:席主・海野光馨先生(顕光院会館会議室〈立礼〉にて)

通常の茶会は、茶室「修證庵」のみの利用ですが、
これまでに、立命館大学茶道部が全館を利用されたことがあります。

 ご利用条件などは、顕光院までお問い合わせください。
 ただし、境内にありますので、当日、法要と重なることや、
 予期せぬ葬儀と重なることがあります。あらかじめご承知おきください。

5.「お寺ピアノ」のご案内

顕光院では令和元年に、本堂内にピアノを設置しました。
YAMAHA製のC6グランドピアノです。
顕光院コンサートにて利用いたしますが、
それ以外の時で、事情がゆるせばご自由に試弾いただけます。

本堂正面の扉が開けられている時は、ご自由にお弾きください。
それ以外の時で試弾をご希望の方は、庫裡(寺務所)までお問い合わせください。

 ただし、法要や葬儀、その他、お寺の事情で試弾できないこともあります。
 あらかじめご承知おきください。

6.クラシック・ピアノのご案内

 ロンドンのバーネット・サミュエル・アンド・サンズ(Barnett Samuel & Sons)社製のピアノです。
1901年から1911年までの間に製造されたと推測されます。

 〈バーネット・サミュエル・アンド・サンズ社〉
  当社は1832年、バーネット・サミュエルと他の2名によって、イギリス中部の工業都市、シュフィー
  ルドに設立されました。当初はドアノブやナイフなどを製造していましたが、後にロンドンに移転して
  音楽関係の業務を始めました。やがて、あらゆる種類の楽器の製造と卸売を行うようになり、1872年
  に「バーネット・サミュエル・アンド・サン(Son)」という社名を用いるようになります。

  さらに1901年には社名を「〜サンズ(Sons)」に改称するとともに、この頃までに英国最大級の楽器 
  卸売商となり、独自のピアノ工場を設立しました。1911年、同社の製造する楽器は、子会社の「グレ
  イ・アンド・サンズ」の名で販売されるようになります。(そのため、顕光院所蔵のピアノの製造年は
  1901年から1911年の間に比定されます。)

  また、1914年には「デッカ(Decca)」というブランド名の携帯型蓄音機の製造販売を開始し、その
  売り上げが他の売り上げをしのぐようになりました。同社の蓄音機部門は1928年までに「デッカ・グ
  ラモフォン」社と名前を改める一方で、楽器部門は1932年に、現在でも英国の楽器販売店として知ら
  れる「ローズ・モーリス(Rose-Morris)社に売却されました。

 その後、このピアノは、上海に本社を置き、神戸と横浜に支店のあったモートリー(S. Moutrie)社を経
てわが国に輸入されました。もとは、茶業界の先覚者であり、静岡市葵区の清水山公園に銅像が残る大谷嘉
兵衛氏の静岡市内の自宅に置かれていたものですが、昭和30年代に依頼されて顕光院が買い取り、当時、当
院で経営していた中央幼稚園で使用されました。

 ピアノの構造は「チックアクション」。日本では「釣鐘型」と呼ばれるもので、現在製造されているピア
ノとは全く異なります。また、正面にはオリジナルの燭台が残されており、譜面台は上部の蓋の中に収納さ
れるなど、興味深い構造をもっています。(たいていの場合、燭台は戦時中の金属供出に提供されたため、
残されている事例は稀だとのことです。)

 2014年、千葉県の工房ピアピットで全面的な解体修理が行われ、今も独特な音色を奏でます。時おり、
顕光院コンサートで使用します。是非、機会があればご鑑賞ください。


  工房ピアピットでの修理の様子は、工房ピアピットのページをご覧下さい。  
       工房ピアピットさんのページへ


 ※ このピアノを演奏する際に、現在のピアノのようなつもりで力強く弾かれますと、ピアノに損傷が発
   生する可能性があることを、修理を担当された工房ピアピットから指摘されております。そのため、
   このピアノの自由な試弾はお断りしています。見学をご希望の方は、庫裡(寺務所)までお問い合わ
   せください。    

7.本堂等に飾られた絵画のご案内

顕光院の本堂等には、以下の絵画が飾られています。
ご参詣の折にご鑑賞ください。

・本堂の正面の左右:野地美樹子先生(日本美術院院友)「四季の彩」(春夏・秋冬)

・本堂の内陣の左側:番場三雄先生(日本美術院同人・東北芸術工科大学教授)「サルナートの祈り」

・本堂の右側の上部:林潤一先生(京都嵯峨芸術大学名誉教授)「常照皇寺の桜」

・本堂の左側の上部:水谷金造氏(顕光院檀徒)「石」

・待合室の左側壁面:原田政夫氏(顕光院檀徒)「天上への道」

・待合室の右側壁面:石垣 弘氏(白日会会員・顕光院檀徒)「蓮」

・会館エントランス:広田稔先生(白日会常任委員)「Colors and Eyes」

医王山顕光院

〒420-0029
静岡市葵区研屋町45番地
TEL 054-252‐1337
 住 職 木村  文輝
 東 堂 木村 自佑