平成21年施食会法話 「自然とのふれあい」

  毎年のことながら、早いもので、もう一年。またまた施食会がめぐってきまいりました。本日も、多くの方々にご参詣いただき、また、ご焼香を賜り、どうもありがとうございました。今年はいかにも梅雨というような日々が続いております。今朝も雨が降っていて、困ったなと思っておりましたが、幸いにして、今は雨が上がったようでございます。 

 さて、私事で恐縮ですが、実は今からちょうど二カ月前、五月の七日、八日のころ、インドネシアへ行っておりました。何もゴールデンウイークが終わった直後に行かなくてもいいようなものですが、連休の最終日に日本を出発したものですから、飛行機はがらがら。周りにはほとんど乗客が見当たらず、私のための飛行機みたいな感じで、優雅なフライトを楽しんでまいりました。 

それにしても、何のためにインドネシアへ行ったかと申しますと、現地の仏教徒にとって、一番大切な行事に参加することが目的でした。日本では、仏教を開かれたお釈迦様は、四月八日の「花まつり」の日にお生まれになり、十二月八日にお悟りを開き、二月十五日に亡くなられたと伝えられています。ところが、東南アジアではそうではないのですね。 

東南アジアへ行きますと、お釈迦様がお生まれになったのは、五月の満月の日だというのです。お悟りを開いたのは、これまた五月の満月の日。亡くなったのも五月の満月の日。そんなことが本当にあるのかなと思ってしまうのですが、東南アジアでは昔からそういうふうに伝えられているのですから、私ごときが「それはおかしい」などと言うのも失礼な話ですね。やはり、それがあちらの方々にとっては真実なのです。ともあれ、そういうわけで、東南アジアの仏教徒の方々にとっては、五月の満月の日は一年に一度の一番大事な、そして一番華やかなお祭りの日ということになっているのです。 

 以前、この施食会の場でもお話しさせていただいたことがございますが、今からちょうど五十年前、一九五九年の五月の満月の日に、インドネシアでは五百年前に滅んでいた仏教を復活させるための記念すべき儀式が行われました。その時に、アジア各国からそれぞれの国を代表する僧侶達が集まって、その儀式に参加したのですが、日本からは、なぜかはわからないのですが、この顕光院の先代住職が代表として派遣されました。 

 ところが、その儀式がいったいどのようなものだったのかよくわかりません。私どものもとにも、当時の記録がほとんど残っていないのですが、だんだん興味がわいてまいりまして、十年前にインドネシアを訪れることにいたしました。それ以来、たびたび現地を訪れて、インドネシアの仏教界の方々と交流を持たせていただいております。 

 けれども、これまでは残念なことに、五月の満月の日に現地を訪れる機会に恵まれませんでした。それが、幸いにも今年は何とか時間がとれそうだということで、少々無理をしながらインドネシアに行ってまいりました。帰国した日には、その日の午後から大学で講義が待っているという、非常にハードなスケジュールではあったのですが、それでも、行けるのなら行ってこようということで、あえて強行してまいりました。 

世界遺産でもあるボロブドゥールで大きな行事があるということで行ってきたのですが、今ではインドネシアでも仏教徒が非常に多くなりまして、仏教徒全体が大きく二つのグループに分かれているのです。私が普段お付き合いさせていただいている方々ではないグループが、今年はボロブドゥールで式典を行う当番に当たっていたものですから、せっかくボロブドゥールまで行きながら、知り合いが誰もいない。「寂しいな」と思いながら、二日間、ボロブドゥールへ日参しておりました。 

 当日は、パーリ語という東南アジアの方々が使う仏教の言葉でお経を上げる人たちもいれば、中国語でお経を上げる人たち、チベット語でやる人たちもいる。かと思えば、あちらのほうから「南無妙法蓮華経」と始まるんですね。びっくりしました。とにかくバラエティー豊かで、世界中の仏教の、いわば見本市みたいな形で、お釈迦様のお誕生と、お悟りと、そして亡くなったことの記念の儀式をされているのですね。 

 儀式と儀式のあいだ、知っている人は誰もいないはずだと思ってぽうっと立っていましたら、「おい木村じゃないか」と声をかけられました。いや、英語なんですよ。英語で「Mr.Kimura」。「えっ」と思いましてね。最初は空耳かと思ったんですけれど、誰だろうと思って相手の顔をじっと見ていたら、「私のこと忘れたのか」と言うのです。はて誰だったかな。一年前にインドネシアに行ったときにお世話になった方でした。「いやいや、これは失礼。なにせ、あなたからすれば日本人は私一人だろうけども、私の方は、現地で多くの人に会っているので、ぜんぜん分からなかった」なんていう言いわけをしながら、しばしそこで旧交を温めておりました。 

そのうちに式典が再開されたのですが、そうしたらなんと、インドネシアの大統領が壇上に現れて、スピーチを始めたんです。大統領のお話はぜんぜんわからなかったのですが、取りあえずそれを聞いたりしながら、二日間にわたって、このお釈迦様の記念日をお祝いしてまいりました。 

 振り返ってみますと、この十年のあいだに七回ほどインドネシアに行っております。そのため、最近ですと、インドネシアに着いて飛行機を降りる瞬間に、「ああ、インドネシアへ来たな」と思うんです。なぜそう思うか。においがあるのです。 

よく外国へ行かれる方がおっしゃるのですけども、飛行機から降りた瞬間に、その国のにおいがふわっと漂ってくる。「ああ、ここへ来たんだな。この国へまた来たんだなということを実感する」ということを、おっしゃる方がいらっしゃいます。やはり日本には日本のにおいがあるのでしょうけれども、それは私たちにはよく分からない。けれども、インドネシアへ行くと、やはりインドネシア特有のにおいというのがあるんですね。何となく懐かしいような、ほっとするような、さすがに七回も通っていますと、もう行き慣れた国になってきましたので、何となく、ほっとするような気持ちにさせられます。 

 考えてみますと、現代の私たちは、テレビがあったり、映画があったり、インターネットがあったり、コンピューターがあったり、目ばかり使って生活をしています。目から入ってくる情報だけで、世界がすべて分かったような気分になっている。本を読むためには目を使います。マンガを見ることも目を使います。目だけで生活している。目ん玉だけがぎょろっとしている。耳も鼻もなくなったような人間になりつつあるのではないか。そんなときに外国へ行って、そのにおいをふっとかいだ瞬間、「あ、鼻というのがあったんだ」と思うのです。 

 普段の私たちの生活の中で、鼻を使うときはどんなときがあるでしょう。せいぜいおいしそうなごちそうが並んでいて、ふわっといい香りがしてきて、「おなかが減った」というときか、さもなくば、ちょっと変な話で失礼。どなたかが入ったあとで、ご不浄へ行って、「わっ、くさっ」というときぐらいですね。それ以外、あまり鼻を使っていない。 

でも、昔の人たちは、鼻というものを非常に大切にされていた。だからこそご法要のときには、できるだけいい香りのお香をたいて、皆様をお迎えしようということをする。だからお焼香なのです。ただ、お寺で次から次へと皆さんがお焼香をしていただくのに、耳かき一杯うん万円のお香は使えないものですから、ちょっと申し訳ないけれども、安物を使ってしまうと、「抹香臭い」と言われてしまうわけです。 

 本来、お香は鼻から、仏様の世界に来たんだなということを皆さんに実感していただくものであります。と同時に、それだけではない。あの世からお迎えが来るときに、もしくはあの世の仏様や神様が来るときには、紫色の雲がふわっとたなびいてきて、そしてこの世のものとはとても思えない、素晴らしいいにおいが漂って来るんだということです。やはりあの世には、神様や仏様の世界には、私たちの人間の世界とはまったく違う、素晴らしい香りが漂っているというんです。昔の人たちは目だけではなくて、鼻からも仏様の世界というものと、感じ取ろうとしていたのですね。 

 でも、目と鼻以外にもありますね。耳。耳も最近使っているのか使っていないのか。もちろん人の話は聞きます。しかし、町へ行きますと、いろんな音が流れています。テレビをつければ、ひっきりなしに誰かがしゃべりまくっている。そういった声を、私たちはしっかり聞いているでしょうか。音をしっかり聞いているでしょうか。 

 デパートへ行くと、ずっと音楽が流れているけれども、ほとんどの方はそれを聞いていないんですよね。テレビをつければ、いろんな人が、次から次へと早口でしゃべっている。でも、下手をしたら、朝のテレビは時計代わりにつけているだけであって、誰もそのニュースを聞いていないなんてことも起こりうる。誰も聞かない声が、誰も聞かない音楽が、この世の中に充満してしまっている。最近では洗濯機もしゃべりますし、炊飯器もしゃべりますし、掃除機もしゃべるんですね。 

 先日、私どものところでも洗濯機や掃除機が壊れてしまい、新しいものを買ってきた途端に、「どなたか、お参りの方が見えたよ」ということがしょっちゅう起きるようになりました。ところが、玄関へ出て行っても誰もいない。考えたら、洗濯機が勝手にしゃべっているわけです。そんな声を、いちいち聞いていられません。それだけ、言葉というものが、声というものが、あるいは音というものが、意味を失いつつある。あってもなくてもいいような、むなしい言葉が響き続けております。 

ちょうど十日ほど前のことです。師匠とともに、私も静岡刑務所の教誨師を務めさせていただいておりますので、関東地区の教誨師の集まりに出席いたしまして、「どうすれば人々の心に伝わるメッセージ、お話ができるだろうか」ということを話し合ってまいりました。その中でも、やはり同じような話がたくさん出されました。今の世の中、まったく意味をなさないような、むなしい言葉があふれかえっている。もう誰も聞いていないような、聞いても何の得にもならないような言葉だらけである。それだけ言葉というものが軽くなっている。音というものが軽くなっている。耳では聞いていても、実は何も聞いていないという状況になりつつある。そのような中で、どうやったら私たちは、本当の言葉を伝えることができるのだろうか。そんな話が、二日間にわたる集会のテーマとされておりました。 

 でも、昔の日本には、もしくは昔の世界には、今みたいに言葉を話す電化製品がなかったんですね。音と言えば、人がしゃべる声、あとは虫たちのさえずり、風のそよぎ、この自然界の音がいっぱいあった。その音を聞きながら、そろそろ夏かなとか、そろそろ秋風だねとか、目には見えないけれども、風の音で季節の移り変わりを人々は感じられていたのです。何とも風流な話ですよね。 

 ところが、もう一つ大切な音が昔はあったのです。神様や仏様がこの地上に現れるときには、目には見えない。姿は見えないけれども、必ず私たちに、そのお出ましを伝えてくださる。それが、においと音だったというのです。 

 どんな音がするのでしょう。皆さんよくご存じの、お化けが現れるときの「ひゅうどろろろろ」って、あれです。まさに音とともに現れるのです。もう一つ、どなたも知ってらっしゃる雷様。遠くのほうで「ごろごろごろ」と鳴っていたのに、だんだん近づいて来ると、「どっかん」とすごい音になる。まさに音で自分の存在をお示しになる。 

 あの世の者たちがこの世に来るときには、必ず音を出すのだそうです。しかも、これは何も、神様、仏様、お化け、幽霊だけではありません。この世の中で、普通の人とは違った特殊な力、能力を持っている方は、普通に生活をしているときには特別な音を出さないんですけれども、その特殊の力を発揮するときには、あの世からやってきた特殊な力が乗り移って、身に付くのだそうです。だからそのような特殊な力を持った方が登場するときには必ず音が鳴る。 

 何か思いつきますか。例えばお相撲さん。土俵入りのときに必ず「どん、どん」と鳴りますね。「何々の山、どん」、「何々の海、どん」。お相撲さんたちが土俵入りをする。お相撲さんたちは、私たちとぜんぜん比べものにならない、ものすごい巨大な力を持っている。いわばあの世からその特殊な力をもらって、土俵に上がるのだそうです。だからこそ音が鳴ります。 

 歌舞伎、落語もみんな、おはやしがあります。普通に暮らしているときには、歌舞伎俳優なんのたれべえさんなのですが、舞台に上がるときには、弁慶さんになったり、別の人になるわけです。あの世から弁慶さんの魂が降りて来て、歌舞伎役者に乗り移る。その弁慶さんが登場するのだから、当然音が鳴るわけです。「とんてんかんてん」だか「どんどんどん」だかよく分かりませんけれども、いろんな音が鳴ります。 

 皆さんが神社でお祓いをしてもらうときも、必ず太鼓が「どんどんどん」と鳴っています。必ず音が鳴るのです。この音を聞き取ることによって、季節の移ろいを感じ、音を感じ取ることによって、あの世から何ものかが来たことを感じ取る。だからしっかりと耳が働いていないと、あの世から見えた神様、仏様に対して、失礼なことが起こってしまうのです。 

 そう言えば今、ここで施食会をやりました。いろんなものが鳴っていましたでしょう。「ちんぽんじゃん、ちんぽんじゃん」と。私もあれを初めて鳴らしたとき、何がなんだかよく分からなかったのです。とにかく間違えたら困るなとか、私のところで音が止まったらどうしようとか、そんなことばかり考えてたたいていたのです。ところが、鳴らし方を一応マスターしてしまうと、もうあまり考えなくなってしまいます。なんであれを鳴らしているのか、よく分からないまま、鳴らしているのです。 

 でも、よく考えてみれば、今日の法要でも、鳴らし物を二回鳴らしているのです。一番初めに「般若心経」をお唱えしました。これはお釈迦様、あるいはご本尊に対するごあいさつであります。そのあとで「ちんぼんじゃん」というのをやりました。亡き方々たちの、ご先祖様たちの御霊に対して、「皆さん、ここにお集まりください」とお呼びかけする。すると、ご先祖様たちが、あの音とともに祭壇上におみえになるのです。で、そこでさまざまなご供養をいたします。 

 ご供養。漢字で書きますと「供える」という字と「養う」という字です。ご供養というと、何かお寺の、あるいは神社の宗教的なことかなと思うかもしれませんが、もっと簡単なのです。「おもてなし」です。お客さまをおもてなしするように、大切な友人をおもてなしするように、大切なご先祖様、そしてそれ以外の、たくさんのご先祖様のお仲間たち、誰でもいいから、「皆様おいでください。どなたもみんな来てください」とお招きする。そして、そこでご飯をお供えし、果物をお供えし、お香をお供えし、さらには皆さんの心をお供えし、心からの歓迎を表しながら、「お元気ですか。私たちも元気でやっていますよ。これからも私たちのことを見守ってくださいね」という、そういったごあいさつを、おもてなしをする。そのあいだに仏の教えを、いわば「お経」というかたちでお唱えさせていただく。それがひとしきり終わりますと、また「ちんぼんじゃん」で、今度はお帰りいただくのですね。 

 目には見えないけれども、この音とともに仏様やご先祖様がおみえになる。そして、おもてなしをしたら、今度はまた音とともにお帰りいただく。その後は、導師もまた音とともに退席して行く。 

 こうやって考えてみますと、日本の文化というのは香りの文化、そして音の文化なのです。目だけの文化では決してない。目だけでものを見ようとしていると、実は一番大切なことを見失ってしまうのかもしれない。そんなことを改めて感じさせられます。 

 目、耳、鼻、あと舌べらがありますね。さすがにご法要のときに舌べらは使いません。でも、甘露水なんていうのもあります。あの世からいただけるお水は、なんと美味しいことか。それに、皮膚の感覚。風がすっとそよぐことを感じて、ああ、すてきな日だな。極楽ってこんなものかなと感じ取る。五感をフルに使って、私たちは自然との交流、そしてあの世との交流を楽しみながら、日々を送って行く。 

 でも、一番大事なのは、実は最後の第六感です。心なのです。どんなにすてきな音を聞いても、どんなに素晴らしい香りをかいでも、どんなに気持ちのいい、心地よい風を受けても、心が鈍感ではだめなのです。やはり心を自然に向けて、あるいは、あの世に向けて解き放っておかなければならない。目、耳、鼻、舌べら、触覚(皮膚感覚)。この五つに加えて、第六感。この六つの感覚をフルに使うことによって、私たちははじめて生きているということを感じ取ることができる。生きているだけではなくて、あの世とのつながりをも感じ取ることができる。 

 最近、「エコ」というのがブームですね。エコポイントなんてことで、皆さんも電気屋さんに走られたのではないですか。でも考えてみると、あのエコポイントを目当てに電気屋さんで何かを買ったとしても、そのほとんどが家の中で使うものばかりなんです。窓を閉め切って、クーラーをつけて、テレビを見て、冷蔵庫の中から何か冷たいものを取り出してくる。こんな生活の、一体どこがエコなのでしょう。 

 エコというのは、本当はこの自然を全身を使って感じ取ることなのです。そうすることによって、はじめて自然とのつながりを感じ取ることができる。自然の中で暮らしているということを、実感として感じ取ることができるのです。また、自然と触れ合うために家から一歩外へ出れば、お隣さんと顔を合わせることもできます。久しぶりに誰かと顔を合わせることもできます。自然を感じ取るときには、ほかの人々と顔を合わせ、ほかの人とのつながりを感じ取ることもできるわけです。 

 数日前に『朝日新聞』を見ていましたら、大学生のあいだで「便所めし」というのが流行っているという記事が載っていました。一人で食事をしていると、友だちのいない孤独な人間のように思われてしまうので、便所の個室でご飯を食べるんだそうです。おいしくないでしょうね。便所の中でご飯を食べるということは、鼻が利いていたら、とてもじゃないけれどできないでしょうね。口を開けた瞬間に、隣の個室から漂ってくるにおいが口の中に入ったら、とても食べられない。「便所めし」ができるということは、目も働いていない。鼻も働いていない。口も働いていない人間にしかできないのです。そんなことをやっていると、自然とのつながりどころか、ほかの人々とのつながりも、全部なくなってしまう。もう人間なんかどうでもいいやとなってしまう。そうすると、例の「誰でもいいから殺したかった」なんていう、あの悲惨な無差別殺人が起こってまいります。 

 あのような無差別殺人は、どうしたらなくすことができるか。よく、政府や学校では、「いのちの大切さを教えましょう」なんてことを言っています。もちろん大切です。でもその前に、私たちは一人で生きているわけではない。周りの人たちと一緒に生きているんだということを感じ取る。その感性、心を養わなくてはなりません。 

 そのためには、まずは自然の中へ出て行って、目だけで生活しない。目と耳と鼻と舌べらと皮膚感覚と、そして第六感、心。これらをすべてフルに活用し、フルに機能させ、働かせることによって、初めて自然の中で生きている私、人と人との結び付きの中で生きている私、あらゆるものとのつながりの中で、あらゆるものとかかわりながら生きている私というものを感じ取ることができる。 

 結局のところ、いのちの大切さというのは、小難しいことを言うよりも、このことに尽きるのではないか。便所で一人でご飯を食べていないで、たとえ誰も話しかけてくれなくてもいいから、食堂でご飯を食べていたほうが、はるかにいいじゃないか。まずはそこから始めていきましょうよ。 

 ボロブドゥールへ行って、お釈迦様のお誕生、お悟り、そして亡くなられたことを記念する儀式に私は出席をしました。誰も知っている人がいない。でも知っている人がいなくても、「どこから来たんだ」とか、「いつからいるんだ」とか、いろんな方が声をかけてくれました。あるいは、儀式の場所に大統領が来るというので、ものすごく厳重な警備がされていて、入場券がないと式場に入れなかったのです。ところが、誰だかわからないけれども、「あなた、入場券がないの。それならば差し上げるよ」と言って、一枚下さる人がいました。内にこもっていないで、外に出かけて行けば、必ず誰かが声をかけてくれる。誰かが私のことを助けてくれる。思いがけず、「なんだ木村、ここにいるじゃないか」と声をかけてくれる古い友人まで現れるのです。 

 外へ出て行こう。自然を感じよう。人と人とのきずなを感じよう。結局のところ、いのちを大切にするということは、自分の殻に閉じこもらないということなのかな。そんなことを感じております。 

 さて、そろそろ終わりましょう。目、耳、鼻、舌べら、そして触覚、さらには心。このすべてを働かせていますと、すべてがつながってくる。そして、法要もまた、「ああなるほどな。そんなことをやっているのか」ということがご理解いただけると思います。 残念ながら、今年の法要は終わってしまいました。「ちんぼんじゃん」があって、そのあとでご法要があって、最後にまた「ちんぼんじゃん」でご先祖様たちが帰っていく。来年の施食会のときに、「ああなるほどな。去年、彼が言っていたのはこのことだったか」と確認していただくことを、一年後の楽しみにしていただければと思います。本日はどうもありがとうございました。